僕とインターネットの出会い~インターネット黎明期に関するブログを読んで

インターネットと出会ったころのことを思い出してみる

たまたま、「はてなブログ」でインターネット黎明期に関する記事を、続けて3・4記事読むことがありました。
40代・50代ぐらいの人が、昔のダイヤルアップ接続のころのインターネット環境を懐かしむ会話を耳にすることがありませんか?僕は残念ながら、いわゆるネット黎明期を経験していないので

同じ温度で話せません。
それでも懐かしいなぁ~と昔を思い出しながら、色々書いてみようと思います。

ガラケー(当時は携帯)で出会った魔法のiらんど

インターネットの原型が誕生したのは1984年、東大・東工大などを試験的に結んで通信を行う、今でいうVPNっぽい使い方でデビューしたそうです。
ダイヤルアップ接続が誕生したのは1994年、そしてADSLが生まれたのが1999年。
このころネットの普及率は20%ほどでしたが、当時から高価なパソコンを所持してネットをやるほどの先見の明がある方々。ADSLには飛びついただろうと思います。
僕の年齢は30代半ばなので、ダイヤルアップの頃は中学生ぐらいでしょうか。もし家にパソコンがあったら、ハマりまくってたのかな~と一瞬思いましたが、詳しい人が周りにいない環境では絶対できなかっただろうなと思います。そもそも今みたいになんでも検索で調べられるわけではなかったので、壁にぶち当たったら投げ出していたことでしょう。
ちなみに「2ちゃん」が生まれたのも1999年というのだから、西村博之さんの偉大さがわかります。

当時、家にはパソコンはなかったし、自分で買おうという気もありませんでした。
しかし世の中に劇的な変化がおきます。携帯電話の誕生です。いやいや、誕生したのはもっとずーっと前ですが、ケータイ(ガラケーっすよ)でインターネットができるサービスが始まったのです!
このとき僕は高校生。ほんとにびっくりするぐらいの勢いでみんな携帯やPHSを持ち出し、卒業するころには持ってない生徒はほぼいないぐらいになりました。

親に買ってもらったケータイのキャリアはJ-PHONE。現ソフトバンクの前身の前身になるのかな?その後docomoに変えたと思います。
今のようにGoogle一色の検索システムではなかったので、キャリアによって様々な検索用のページがあったり、色々なサイトへのリンク一覧が載っているサイトが群雄割拠していました。
docomoケータイ向けのサービスに「魔法のiらんど」というものがありました。FC2や忍者ホームページのように、ホームページを簡単に作成できるサービスでした。ここで他の人が作ったサイトや、日記機能を使ったブログを探しまくった記憶があります。
そのほとんどは覚えていませんが、唯一「こずえ日記」という、歯科衛生士の女性が書いていたブログの存在は今でも覚えています。
多感な時期だったから~というわけではなくw、その日記に書かれた日常感というか、リアルな生活感みたいなものに思いっきし引っ張られていましたね(照)実際、なかなか人気があるブログだったようで、コンビニに売ってた「ケータイ向け人気サイト・ブログ紹介雑誌」に載ってたのを覚えています。
その方はたしか自分より6~8歳ぐらい年上だったでしょうか?おもに勤め先の医院での出来事や思ったことなどが綴られていたと記憶しています。自分がまだ働いていない年齢だったこともあり、職場の話や女性目線で書かれた文面に、なんとも言えない魅力を感じたものでした。

人のページを見るだけでもこんなに楽しいのだから、自分でホームページを作れたらどんなに楽しいだろう!という考えに至るまでに、そう時間はかかりませんでした。
使うツールはもちろん魔法のiらんど。
ホームページってお店みたいだなと感じていたこともあり、お店を意識した作りにしました。
表のページは昼間をイメージしてオレンジっぽい背景色、そしてリンクから裏のページに行くと、そこは夜をイメージした黒い背景色に黄色の文字。昼のページは挨拶程度、夜のページに秘密の日記を設置しました。また夜ページは「バー」をイメージしていたので、カクテルの作り方をいくつか調べて載せるなどといった、今考えるとこっ恥ずかしいサイトができあがりましたw

そんな折、ホームページ運営熱を急激に冷ます事件が起こります。
家に届いた一通の封筒。それは見慣れた包みに入っていましたが、中には50,000円近い見たことないぐらい高額な請求書が入っていました。
 
のちに、この事件は「パケ死」と呼ばれていることを知り、全国各地で同様の事件が起こったことも知りました。合掌。

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インターネット黎明期の面影を探す

インターネットの黎明期、ネット上には今ほどの数のWebサイトは存在しませんでした。今は、Webに明るくない人でも簡単にオシャレなホームページやブログを無料で作れるサービスが、それこそ星の数ほど存在しますからね。
当時個人で運営されていたWebサイトは、顔を突き合わせては話さないような、心の声のような言葉がたくさん綴られていたように思います。僕の少ない経験上ですが、その多くは匿名のブログや日記で語られていました。画像もほとんど使わない文章ばかりのページが多かったですが、そこにはとてつもないパワー・人間臭さ(生臭さ含む)・「生」の息吹・人の持つ闇の部分・分厚さ、のようなものを感じていました。
これは思うに、ネットの黎明期だからこそ、つまり、
多くの人が目にするわけじゃないだろうけど、見てくれる(自分と近いだろう感性を持っている)人だけわかってくれたらいい。
という想いが根底にあったからこそ生まれたのではなかろうか。
逆に言えば、
多くの人が目にする可能性が高まることで、そうした言葉はその存在を隠してしまうのではないか。
という不安に駆られるのです。
 
Google Searchで何かを検索すると、まず最初に飛び込んでくるのは、検索キーワードに関連していそうな広告です。そして次に視界に入るのは、それらに類似した広告がたくさん載っていそうな、まず間違いなく広告収入を目的としたWebサイトへのリンクです。自分もそうしたサイトを持ってはいるので他人のことを批判できませんが。
とはいえ、そうしたネットを活用したメリットを多くの人が受けられる世界の実現を目指しているのが、Googleのような企業だったりもしますし、そのメリットを多くの人が望むからこそ利用者が増えるわけですしね。う~ん、なんとも言えないですね。
多くの人がネットの世界に参加するようになるにつれ、ネットの世界は現実の世界の雰囲気に近くなるというか、世俗性を帯びてくるのではないかと思います。
検索結果は、より多くの人の期待に応えるため、ビジネスライクなWebサイトが今以上にひしめき合うようになるでしょう。
 
案外「2ちゃん」のような老舗BBSサイトこそ、昔と変わらぬ騒々しさというか、すげー盛り上がっているんだけどどこかマイナーな世界観というか、スラム街のような喧噪というか、ある種マニアックさというか、加工されていないそのままの言葉というか・・・そうしたものが残る場所なのかもしれないと思っています。
僕が出会いたいと願うページが、世俗的なページに埋もれないことを切に願います。そして、そんなサイトを運営していた方々が、ネットの未来を悲観して引退されてしまわぬよう、心から願いたいものです。

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